ANGEL EYES

日が暮れるのが早くなってきました。夜長の季節に突入。というわけで、しばらく「夜」をお題に曲を調べてみます。


ANGEL EYES
1953(Earl Brent / Matt Dennis) Scott McKnight


Try to think that love's not around
Still it's uncomfortably near
My old heart ain't gaining no ground
Because my angel eyes ain't here


愛をどこかに落としたようなもの
不愉快ながら、そんな感じです
心は収まりつかずウロウロします
僕の天使の瞳がいなくなりました


老いた悪魔が送ってきた天使の瞳
彼女の瞳は耐えがたいほど眩しい
そうです、愛の無駄遣いです
彼女を虚しく待ち一晩過ぎました


みなさん、どうぞ飲んでください
なんでもお好きなもののご注文を
さあ、楽しんで、愉快な方々
僕のことをネタに笑ってください


では失礼、出掛けねばなりません
事実は明々白々、非常識なほど
僕が一番ではなかっただけのこと
だから、天使の瞳は去っていった


僕の姿が見えなくなっても
気にしないでください、みなさん
彼女を捜し続けてるだけですから


待ってみたけれど現れない。このパーティで落ち合おうね、と約束していたのに。「悪魔が送ってきた天使」はたぶん「リリス」のこと。旧約聖書のアダムは最初「夜の女神リリス」を妻としていた、という伝承があります。でも彼女はアダムから逃げ、悪魔たちの母親になりました。だから、逃げられるのは定めですね。すぐ追いかければ良いものを、自嘲的に一曲歌ってしまうあたり、愛想を尽かされた理由が垣間見えますし。
1953年アイダ・ルピノ主演のミステリー映画『ジェニファー』の曲。家政婦が、屋敷の以前の持ち主ジェニファーがなぜ失踪したか気になり始め、その謎を追っていくと・・・。作曲のマット・デニス自身が出演して歌った。「EVERYTHING HAPPENS TO ME」を作曲した彼は、二次世界大戦中はグレン・ミラー・バンドで働き、戦争終結と同時に独立しピアニストとして活躍していた(「コートにすみれを」も彼の作品)。映画は流行らなかったが、「エンジェル・アイズ」はフォー・フレッシュメンの歌でヒット。ツーファイヴのコード進行がとてもジャジー


マイ・ファ二ー・ヴァレンタイン ~スティング・アット・ザ・ムーヴィーズ
マイ・ファ二ー・ヴァレンタイン ~スティング・アット・ザ・ムーヴィーズスティング

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star男も濡れるスティングの歌声
starこれは、STINGが最高だし凄く得した感じ!!
starやたら心地いい歌声とメロディー

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スティングは、ポリス解散後ジャズに接近し始めた。ソロ第一弾の『ブルータートルの夢』はジャズテイストだし、ギル・エヴァンスと共演した『ラスト・セッションズ』もある。マイルスの『ユー・アー・アンダー・アレスト』では「警官の声」役で出演している!(試聴はこちら


Softly as a Summer Breeze
Softly as a Summer BreezeJimmy Smith

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傘男ジミー・スミス。ジミーのオルガンで繋いで、ケニー・バレルのギターで細切れにする絶妙なアンサンブル。ブルーノート4200番のキリ番。ボーナス・トラックの「エンジェル・アイズ」は、R&Bグループスピナーズのビリー・ヘンダースンが歌っています。


Immortal Concerts: Jody
Immortal Concerts: JodyWynton Marsalis

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starまだ新星のキーストーン3の頃のマルサリス

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まだアート・ブレイキーのもとで修行中のマルサリス。なんのどうして、元気いっぱいのトランペットを吹いています(このCDは現在入手できないようなので、こちらを)。


Ray Bryant Trio
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star優雅で知的で軽快。
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star「金の耳飾り」で決まり

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レイ・ブライアントの代表作。フィラデルフィアの「ブルーノート」で20歳から働き、バードやマイルスとも共演している。このアルバムの1957年頃はカーメン・マクレエの専属ピアニストだった。家庭が教会ピアニストで、彼自身はクラシックを勉強していて、その2つの要素が融合した独自の音色を奏でている。