ARANJUEZ MON AMOUR (Follow Me)
今日は久しぶりにフランス語と格闘してみました。5月の悲しみを歌う、反戦の歌。
ARANJUEZ MON AMOUR
1939(Guy Bontempelli / Joaquin Rodrigo) Thomas Stacy
Mon amour, sur l'eau des fontaines, mon amour
Ou le vent les amenent, mon amour
そよ風の過ぎゆく噴水の水面に
日暮れて、バラの花びらが漂う
太陽と風と雨と年月に晒されて
壁面に無数の亀裂が伸びていた
その壁に五月の朝、彼らが訪れ
歌いながら奇妙な痕跡を残した
バラはその痕跡を辿って成長し
刻まれた人々の名を抱きしめる
太陽と野の風と年月に晒されて
いつしか噴水も枯れ果てている
五月の朝、人々が胸に花を抱き
靴も履かずゆっくり歩いて来た
彼らの瞳に奇妙な笑みが浮かぶ
日が落ちた壁に残る赤いものは
血の跡と見間違えるほどだった
でもそれはバラの花に過ぎない
わが愛するアランフェスの町よ
スペイン内戦の歌。1936年に左翼政府がスペインに成立し、それに対し軍部がクーデターを起こした。この内戦は1939年フランコ軍事政権の樹立で幕を閉じる。歌詞の最初の段落は、アランフェスに軍隊が訪れ、抵抗勢力の市民を壁に立たせ、次々と銃殺していった様子を歌ったもの。第二段落のほうは、その壁の前で犠牲者の縁者が集まり、花束を供え冥福を祈っている様子である。壁を伝わるバラの花が歴史の証人。
邦題『わが心のアランフェス』。原曲は盲目のピアニスト、ホアキン・ロドリーゴがギターのために書いた「アランフェス協奏曲」。彼はスペイン内戦中はドイツやフランスに疎開していて、内戦を非難するこの曲を書いたらしい。1939年ドイツが第二次世界大戦を始めたときスペインに帰国。バルセロナで初演。そのときは歌詞がなかったから、フランコ総統も絶賛の国民的作曲家となった。1991年にはスペイン国王から爵位を賜り、貴族となっている。
イエペスによるアランフェス。こう聞くと渋いなあ。
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さて、歌のほう。「アランフェス協奏曲」でも、歌詞が違っています。「フォロー・ミー」。1982年に英詩が付けられ、デミス・ルソスが歌いました。昔キリン・ビールのCMで使われたこともあるそうです。でもこれ、「あの世」に誘う死出の唄。「イノセンス」で歌うのは伊藤君子氏。1989年にこの唄を歌い、アメリカのビルボードで日本人として初めて16位にチャート・インした人です。
FOLLOW ME
1982(Herbert Kretzmer & Hal Shapey / Joaquin Rodrigo)
Follow me to a land across the shining sea
Waiting beyond the world that we have known
輝く海を越えた国に参りましょう
まだ知らぬ世界が待っております
これまで夢に見たこともなく
味わったことのない喜びの世界が
愛のみに見える道を通りましょう
快楽に明け暮れた夜の年月を超え
涙を持たぬ光の世界へと
無為に過ごした日々に別れを告げ
この山を越えた国に参りましょう
内なる音楽がそこでは虚空に充ち
口に出さず歌えば心も晴れ
世界が回りながら落ちていきます