LULLABY OF THE LEAVES

今日は見事な秋晴れ。空が突き抜けて青く見えました。


LULLABY OF THE LEAVES
1932(Joseph Young / Bernice Petkere) Skip Griparis


Cradle me where southern skies
Can watch me with a million eyes


百万の星が見守る南部の空の下で
僕を横たえ眠りにつかせるために
木の葉よ、子守唄を歌っておくれ


天空の青さに僕は覆い尽くされて
一つか二つほどの夢を見てみたい
木の葉よ、子守唄を歌っておくれ


風に吹かれながら僕は深呼吸する
木立ちを抜けて歌が聞こえてくる
岸辺を撫でる松林のメロディーよ
これこそが僕の故郷、南部の音楽


これは僕の魂が感じていることか
終着点に辿り着いたということか
木の葉よ、子守唄を歌っておくれ


「からまつはさびしかりけり」な歌かと思って訳してみたら、げげげ、これは死の間際の歌? 南部生まれの男が異国の空の下、故郷を思い返している。あの、岸辺に沿って並ぶ松林。その間を吹き抜けるそよ風。すると耳に、その風の音色が聞こえてくる。そう、ありがとう。これが僕の、最後に聴きたかった子守唄。- たぶんleavesにleave(許し、告別)の意味を重ねているのだと思う。
邦題『木の葉の子守唄』。1932年バーニス・ペトキアが発表した曲。5歳からシカゴのヴォードヴィルで歌っていた彼女は98年の生涯をずっとショウ・ビジネスの中で過ごした。1931年ニューヨークのジャズ・バーでピアノを弾いていたところをアーヴィン・バーリンが発掘。ビング・クロスビーの曲を書いたところ、出す曲が必ずヒットに繋がり「テイン・パン・アレイの女王」と呼ばれるようになった。「木の葉の子守唄」はラジオ放送でフレディ・パーレーシズ楽団が演奏したのが最初。1962年にベンチャーズリバイバル・ヒットさせている(YouTube)。

世界最強お笑いジャグ・バンドのアサイラム・ストリート・スパンカーズバンジョーからノコギリ、洗濯板を駆使してアメリカンな音楽を発信。2006年の再結成ライブから。


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1952年アトランティック・レコードの向こうを張って「パシフィック・ジャズ・レコード」を立ち上げたリチャード・ボック社長。それがウェストコースト・ジャズの旗揚げでした。そして一番目に録音したのが、このジェリー・マリガンチェット・ベイカーの競演。「木の葉の子守唄」のシングル盤。「これこそ太平洋の音楽」。でもバリトン・サックスが重すぎて、今一つもっちゃりしてるんですけど。


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1961年からカル・ジェイダーディジー・ガレスピーのバンドで歌っていたメリー・ストーリングス。年季が違います。歌にパンチがあります。身体に力が漲ってきます。


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ベルギー生まれのボビー・ジャスパー。1950年パリに移住しブロッサム・ディアリーと結婚。1955年からニューヨークでJJジョンソンらとプレイを始めます。コルトレーンとテナーを闘わせた『インタープレイ』も有名。このアルバムはその合間パリに帰ったときの作品で、楽器をフルートに持ち替え、抒情ある「木の葉の子守唄」を吹いています。「やっぱり家は良い」ということでしょうか。


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スコット・ハミルトンとビル・チャーラップの競演。ベニー・グッドマンの楽団にいたハミルトンは1980年から活動の舞台を日本やヨーロッパに移していました。そして2005年ニューヨークに戻ってきてのアルバムです。これも「やっぱり故郷は良い」ということかな。