iPadに128GBの容量を載せると何が起こるだろうか
もちろん、大は小を兼ねるとは言うけれど。
© 2013 Apple Inc. All rights reserved. Apple, the Apple logo, Mac, Mac OS, Macintosh, iPad, Retina, ...
で、iPad 128GBなんですが、プレスリリースを見ても「企業向け」ですね。データを持ち運ぶ業務に対し、「iPadは容量が少ないから」と思わせないための作戦。年度末の決算に向けて、大量購入してもらおうという商魂が見え見えです。それは悪いことではない。
しかし、iOSは「ファイル管理」には向いてない。パソコンの延長で作ったのではなく、まずiPhoneという「電話」があり、それに付加価値を付けていくうち、付加価値だけが独立してiPod touchになり、拡張禁止だったiPod touchがアプリ解禁になってヒットし、さらに大きくしたのがiPadではないだろうか。これは「思いがけない産物」なんだと思う。
つまり、「タブレットはどうあるべきか」というコンセプトが先にあった訳ではない。タブレットを生かしたアプリが登場してはいるけれど、アップル自身が構想したことではないので、「ポストPC」とか言ってみても、本当のところどんな「姿」か見えてこない。
「パソコンを買うよりはiPad」になってきたと思う。起動を待たされないだけでも、使用頻度がiPadに傾く。インターネットを見るなら十分なサイズだし、無線LANの普及に伴ってコミュニケーション・ツールとしても優秀である。カバンに入れても苦にならない。
でも、データ管理となると、どうだろう? Finderに当たるものがない。それぞれのアプリが、自分自身にデータを抱え込んでいる。画像を扱うにしても、カメラロールを共有できるけれど、一度アプリ内に取り込まねばならず、データは二重化してしまう。これだと、修正したのがどれか分からなくなるリスクが生じる。企業には致命的なことだろう。
すると、アプリの垣根を越えた「共有サンドボックス」が必要になるんじゃないか。OSレベルで用意することになる。でもパソコンと同じようなシステムを使うことになると、ただデータが散乱するだけ。デスクトップをファイルで埋め尽くしている人は世の中に多い。
iOSの次のバージョンの課題は、大量データの扱い方だと思う。もしOSXに近づいていくのなら、まだMacBookを軽量化するほうがマシ。そこじゃない。タブレットならではの、大量データの管理方法。タブレットは、自らの存在を意識させないのが本筋だと思う。音楽プレーヤを立ち上げれば「音楽プレーヤ」になり、カメラを立ち上げれば「カメラ」になる。データも同じように「ファイル管理」を意識させないでおこうとしたら、昔のTRONのような「アプリが扱うのはエイリアスのほう」みたいなシステムになるのかな。